学問とは知識を学ぶことではない。

ある方のブログに

学問というのは「知識を学ぶ」ことではなくて「知識に学ぶ」ことだ

と書いてあり、とても納得しました。

 

1+1=2を学ぶのではなくて

1+1=2から学ぶ。

 

学生の頃、「こんなもん勉強して何の役に立つんだ~(ノ≧ロ)ノ!!」と少なからず思っていましたが

当時の私はちっとも学問していなかったってことですね…(;´д`)トホホ

 

 

どういうことかというと

知識を得ることが学問ではなくて

得た知識から広げていく力を身につけることが『学問』。

じゃあどこでその力を養うことか、ということなんですが。

 

私はやはりその力の土台を作るのは幼少期の生活からだと思うんです。

自ら考え、自ら選び取っていく力を生活や遊びの中で育てていく。
(本来子どもの中では遊びも生活も明確な境目はないと思っています。遊びも生活もまっさらな子どもにとっては学び、ですから)

『考える』ということは突き詰めれば『経験すること』だと思います。

経験しなければ予測も選択も反省もできませんから。

例えば水たまりの中に普通の靴のまま入ったとします。

すると靴下が濡れ、足が濡れ、靴が汚れます。

その経験をしないと足が濡れないために長靴を履こう、とか

水たまりを避けようとかという予測・選択ができません。

大人が濡れるから・汚れるから、とその経験をさせずにいると、自身で判断できないようになる、といった具合に。

 

 

知識に学ぶ力=知識から広げていく力は経験の量とはいっても

ただ単にたくさんのものを見せたり、多くの場所に連れて行くことだけが『経験』ではないと思います。

あ、正確に言うとそれも大切ですが

上記のことは一部に過ぎません。

近くにいる大人が、身の回りの出来事をどうやって『経験』に引き上げてあげることができるか

ここだと思います。

だから一輪の花や、空に浮かぶ雲、今日出会った人からも等しく学ぶことができる。

そのマインドを子どもと関わる大人が持てるかどうか、ということです。

 

 

かく言う私もそういう力が弱い、というか唯物的なところが多い。

(不安感の強い幼少期を過ごした人は、その感情を否定され続けると唯物的になり易い、とありました。

少し身に覚えがあります・笑)

その点では子どもたちは私の先生でした。

0歳や1歳の子どもでも

空を見上げて指差し、雲の流れや風の向きや温度が昨日とは違うことを教えてくれました。

路傍の石ころも、それぞれが違った触感で違った大きさで違った質量だということを教えてくれました。

 

 

物や人との出会いを「単なる事象」で終わらせないためには

そのものの奥を知る力、いわば想像力を養うのには訓練がいります。

何もしんどいことを繰り返したり、勉強したりすることではなくて

芸術(アート)に触れることがキーワードなんだそうです。

 

芸術(アート)はすべてがその物や事を深く知るための「入り口」を用意しているというのです。

詩でも絵でも文学でも。

 

尾崎放哉の有名な一行詩に

「咳をしても一人」

というのがありますが

入り口から入ろうとしなければ

「…だから何?」ということになります。

でも、どういう人が詠んだのか、どういう状況だったのか、男の人なのか女の人なのか、その言葉が出てくるときの心理状況・・・

色々考えることができます。

 

 

以前、保育していた1歳の子どもの中に

砂や粘土やコンクリートの壁など、ザラザラしたものやべたべたしたものを触ることを嫌う子がいました。

だから、遊びにも消極的ではみ出た行動はしない子でした。

一見、「いい子」「扱いやすい子」のように見えますが

私はそれではいけないと思った。

何しろ経験する幅が狭くなる。

その子の好きな遊びの中でいろんな感覚を楽しむことを取り入れました。

半年くらい意識して遊びを続けていくと、どんな感触も嫌悪感なく触ることができるようになり

その子は男の子だったのですが、男の子らしいダイナミックな遊びもできるようになりました。

 

 

人の心は見ることも触ることもできません。

でも芸術に触れることでその作者の心を知ることができ

人の心を知った子どもは自分にも心があることを知っていきます。

 

 

 

幼児の保育の中には「造形遊び」というプログラムがありますが

ただ単に作品を親に見せるだけのものではなく

そういう活動の中で「得た知識を使ってどう広げていくか」「いかに想像力をふくらませるか」「自ら考え選び取る練習」

そういった視点で子どもと向き合い、声かけができるといいな、と思います。

 

 

私は、いわゆる「壁面装飾」というのが嫌いです(笑)。

だってくまさんもうさぎさんも単なる大人が作った「子どもの好きそうな絵」なんだもん。
そういえば以前にも関連したこと書いてたことを思い出した。

保育の専門性。

想像力。~その奥を知ろうとする力~ http://blog.goo.ne.jp/kokohore-wanwan189_1976/e/6ebd85fb1736e032ec41d6a256803b90

 

 

そのブログにも載せた写真だけど

d2226cbf31e2724312c24c6a93f92248 (レイモンド庄中保育園より拝借)

子どものうちから、こんなアートに触れる機会があったらいいのになー。

 

あと、この保育園では2月3日には必ず

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大きな足型や手形が出没するらしい。

誰なんでしょうね?

保育士さんたちは子どもと一緒にいっしょうけんめい考えるんですって。

 

 

 

【参考文献:篠秀夫「森へ行こう(心とからだと子育てと)」https://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/】

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