愛の表し方。

私(クラシカの女将)は今、事情があって母(実母)と距離を置いています。

もともと仲が悪いわけじゃない。

「一卵性親子」と形容されるくらい結びつきが強かった。

 

 

 

昨日は母の日で、フェイスブックではいろんな家庭のいろんな母子の物語が綴られていて

とても微笑ましく思いました。

朝ドラのように拙いながらもお母さんの為に刺繍をしたお子さんのお話

お母さんの大好きな歌を大音量でかけ、プレゼント贈呈なんて演出に涙したお母さんや

お父さんと一緒にお母さんに内緒でカーネーションを買いにいった話などなど…

 

お母さんって太陽(かっか)ですね(・∀・)♪+.゚

 

 

 

 

 

私の小さい頃

わが家では誰が始めたのか

その年のお正月にもらったお年玉は

基本自分が管理して、家族の誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントにあてていました。

母の日もしかり。

 

毎年何をプレゼントするか

4月頃から結構な割合で頭のなかを占拠していました。

 

母の日が近くなると売り場ではエプロンなんかが

母の日のプレゼント用にたくさんお目見えしていたのですが

私はなんとなく嫌でした。

だって「もっと料理作って」「もっと頑張って」って言ってるような気がしたから。

 

何事においてもそういう感覚はあって

大人になってからも

 

「お母さんは何にもしなくていいからゆっくりしてて、座ってて」

と言う事が多くなりました。

 

 

 

 

 

母は貧しい家の8人兄弟の上から二番目に生まれ

下の子の面倒を見ながら行きたかった高校へも行けず一家を支えてきた。

お見合いをして3回目に会う日には結婚式。

結婚した相手は博打に明け暮れ、女性にも平気で暴力をふるう。

なんとか商売を立ち上げ軌道に乗せ

お金には困らなくなった頃には夫の暴力はひどくなる一方。

私もその恐怖に耐えながら何度も止めに入ったし

投げられた皿で額がぱっくり割れて数針縫ったし

耳の鼓膜は破れたし。

あ・・・なんか雲行きが怪しくなってきたぞ・・・と感じると

ゴルフクラブとか重たい灰皿とか凶器になりそうなものをそーっと隠しはじめる私たち兄弟。

警察にも通報したことがあるけど

当時は民事不介入とやらであまり取り合ってくれなかった。

今ほどDVという概念は浸透していなかったしね。

父親には「親を売る気か!」と罵られましたけど。

 

母も耐え切れなくて実家に何度も戻り

その度に私は転校。

そして生活に不安を感じまた父の元に戻る…。

自動的にまた同じところに転校。

 

そんな生活が続き、私が高校生のときに

「私たちのためを思うなら離婚して欲しい」とお願いしたのでした。

 

私自身は転校することなどよりも

日々暴力におびえる生活のほうがきつかったし

何より私たち子どものせいで母が今の生活にしがみつかないといけないと思うほうがつらかった。

でも、今思うと無責任な話ですよね。

慰謝料も財産分与もしてもらえない母に離婚して欲しいなんて。

 

 

そんな経緯があるから、私は母のことに責任を感じていました。
母に負担をかけまい、かけまいと。

 

 

だけどね、そのことは同時に「母の居場所」も奪っていった。

年を重ねるとともに意欲をなくしていった。

 

 

 

 

今現在母は70を過ぎ

姉と暮らしています。

姉は私とは違って

うまく母に甘えられるタイプ。

一時期は「お母さんにばっかりさせないで自分でしなさいよ(*`^´) !!」 と思っていたけれど…

 

結局…詳しくは書けませんが

母の心が求めたのは姉との生活でした。

母の心の根底には
独身の姉のこと
私の生活のことを慮っての事も大きいと思います。

ですが、私はふと思ったのです。

私が母にしてあげてきたことは

どこか自己満足だったのだと。

私は母に「してあげたい」という気持ちに正直に行動したのですが
母の尊厳をある意味大事にしてあげられなかった。

 

 

 

今手を出すことだけが愛情ではないのかもしれない。

もっと包み込んで相手を考える深い愛情。

 

 

私がすべきは母に何もさせないことではなく

ただ母に感謝すればよかっただけなのだなぁと。

 

 

 

変なことにこだわらず

エプロンをプレゼントしていたら

お母さんはもっとはりきって家事を楽しめたかもしれないなぁ(;´д`)

 

今ではそう思います。

 

 

 

 

 

 

ある方が書いていました。

「子供が幸せだと感じるなら、母親も幸せを感じる」
「母親が幸せだと感じるなら、子供も幸せを感じる」

自分が幸せであるから、相手も幸せになれる。

人生は自分でデザインする きらきらひかる アドラー流で生きる安西光のブログ→http://kirahika.hatenablog.com/entry/2017/05/15/111911

 

 

今幸せだ!と思って暮らせている私がいるから

母への後ろめたさが少し和らいだ気がします。

 

 

 

私は母の子どもに生まれてよかった。

そしてお母さんを尊敬しているし

お母さんのことがやっぱり好きです。

 

そう思っているから

雪どけの季節はいつかやってくると信じています。

 

 

 

 

 

お母さん、ありがとう。

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