子どもをスポイルしない大人の条件。

先日、岡山市内の中学生が農業体験として

クラシカの田んぼの田植えに来てくれました。

 

 

ここ数年、村内の農家の方たち何件かで体験の受け入れをされているそうです。

もちろん田植えは今までしていた所もあったようですし、今回もどこかでされていたかもしれません。

最初は苗を「4つずつくらいを植える」というルールを決めるそうなのですが

最後のほうには“ひとつかみ”を植える子もいたり…で、あとの手直しが大変だったこともしばしば。

田植えに限らず、受け入れ側の負担が大きいケースもあったりして

今では受け入れをお断りしている農家さんも多いのだとか。

 

 

そうなのかー、こりゃ心してお迎えせねば、と思っておりました。

 

 

 

 

が、

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男子も

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女子も

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とても丁寧に、最後までやりきってくれました。

 

 

 

 

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「ヤリキッタカン、ハンパネー。チョーヤベー」(だって、私にはこう聞こえたんだもん(笑)。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日新聞に書かれていたある記事を思い出しました。

そこが聞きたい:子育ての責務 坂東眞理子氏

 

坂東氏は記事の中でこうおっしゃいます。

「親の役目は釣った魚を子どもに与えるのではなく、

魚の釣り方を子どもに教えること」

 

これは親に限ったことではなく、親を含めた私たち大人が心にとどめておくべき言葉だと思います。

大人は子どもたちより先にいなくなります。

その時に何を残してやれるのか。

 

 

以下も記事より抜粋

【今では大学生になっても調理や掃除ができない子がいます。(中略)

ずっと仲間内だけで生きてきたので口の利き方が未熟で、あいさつさえ十分にできない。

世代や立場、考え方が違う人たちとの「楷書のコミュニケーション」ができないんです。

最低限のコミュニケーションや生きていく生活技術は家庭で親が身に着けさせることです。

学校の役割ではありません。

親にはそれを押し付ける権限がある。

子供だって理由をきちんと説明すれば反発せずに、ちゃんと聞きますよ。

時には説得する、納得させる。ずっと過保護のままでは育つものも育ちませんよ。】

 

 

 

 

やはりね、大人の役割が大きいんだと思います。

“ひとつかみ”を植えてしまった子には

ちゃんと大人が見守って修正してあげる必要があるんだろうと。

 

「今の子は…」と言ってしまうのは簡単だけれど

それは親の、そしてまわりの大人の写し鏡なんだろうと。

 

 

 

 

今回は、ムラの師匠と農業の師匠、お二人の師匠が田植えの指導をしてくださいましたが

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中学生は田植えの経験を

私たちは子どもたちに対する大人の姿勢を学ばせていただきました。

 

 

 

やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

 

 

 

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